五行「水」と腎の関係|東洋医学から見る「先天の精」と生まれ持った力

先天の精

人には、生まれながらに持っているものがあります。体格や体質、得意なことや苦手なこと。疲れやすい人もいれば、忙しく動き続けても比較的元気な人もいます。

もちろん、それだけで人の身体や人生が決まるわけではありません。

けれど、「誰もが同じ条件から始まっているわけではない」ということは、私たちが自分の身体と向き合ううえで、ひとつの大切な視点かもしれません。

東洋医学では、生まれながらに親から受け継いだものを「先天の精(せんてんのせい)」と考えます。そして、この「精」を蓄える場所とされるのが、五行の「水」に対応する「腎」です。

今回は、五行の「水」と腎の関係から、東洋医学における「生まれ持ったもの」という考え方についてご紹介します。

目次

五行における「水」とは

東洋医学五行

五行とは、自然界にあるさまざまなものを、

という5つの性質に分け、その関係性を捉える東洋医学の考え方です。

その中で「水」は、生命を育む源であり、深く静かに蓄える性質を持つものとして考えられています。

水は、植物や生き物を育てるために欠かせない存在です。表面では静かに見えても、大地の奥深くには地下水が流れています。目には見えなくても、そこにあるものが生命を支えている。五行における「水」にも、そんなイメージがあります。

表に現れる活動そのものよりも、その活動を支える根源的な力。生命の土台となるもの。それが、「水」の持つ性質のひとつです。

「水」に対応するのは腎と膀胱

五行では、「水」に対応する臓腑として「腎」と「膀胱」があります。

ここでいう「腎」は、現代医学における腎臓だけを指しているわけではありません。東洋医学における腎は、「精」を蓄え、成長や発育、生殖など、生命の根源に関わる働きを持つ概念として捉えられています。また、水分との関わりや、骨、耳なども「腎」と関連づけられています。

こうした身体のさまざまな要素をひとつのつながりとして捉えるところに、東洋医学ならではの特徴があります。

「先天の精」とは、生まれながらに受け取っているもの

東洋医学では、「精(せい)」を生命活動の基礎となる大切なものとして考えます。

その精には、「先天の精」と「後天の精」という考え方があります。

先天の精とは、生まれる前に親から受け継ぎ、生まれながらに持っているものです。簡単にいえば、生まれ持った生命の土台や、その人がもともと備えている力のようなものと考えると、イメージしやすいかもしれません。

もちろん、「先天の精=体力」と単純に言い換えられるものではありません。東洋医学では、成長や発育、生殖など、生命の根源に関わるものとして考えられています。そして、この先天の精を蓄える場所とされているのが「腎」です。

リフレッシュして軽やかな男性

「後天の精」と合わせて考える

「土/脾胃」の記事』では、「後天の精」についてご紹介しました。

後天の精とは、生まれたあとに、主に飲食物などから得ていくものです。日々の暮らしのなかで、自分自身を養っていくもの、と考えることができます。

それに対して先天の精は、生まれる前から受け取っているもの。この二つを並べてみると、東洋医学の身体観が少し見えてきます。

私たちは、生まれ持ったものだけで生きているわけではありません。同時に、努力や生活習慣だけですべてを変えられるわけでもありません。生まれながらに持っているものがあり、そのうえで、生まれたあとに自分自身を養っていく。

先天と後天。どちらか一方ではなく、その両方があるという考え方は、とても興味深いものです。

人と比べるのではなく、自分の土台を知る

健康について考えるとき、私たちはつい人と比べてしまうことがあります。

「あの人はいつも元気なのに」「同じ年齢なのに、どうして自分は疲れやすいのだろう」「もっと頑張れるようにならなければ」

けれど、生まれ持ったものには個人差があるという前提に立つと、少し見方が変わるかもしれません。人より多く動けることが、その人にとって必ずしも良いこととは限りません。反対に、疲れやすいからといって、能力が低いということでもありません。

自分の身体には、自分なりの特徴があります。大切なのは、誰かと同じになることではなく、自分自身がどのような土台を持っているのかを知ることなのかもしれません。

東洋医学の「先天の精」という考え方は、そんなふうに自分の身体を見つめる視点を与えてくれます。

「水」は、目に見えない土台に目を向ける

私たちは、目に見える成果や行動に注目しがちです。どれだけ仕事をしたか。どれだけ運動したか。どれだけ頑張ったか。けれど、それらの活動を支えているものは、必ずしも目に見えるものばかりではありません。

しっかり休めていること。安心できる時間があること。無理をしすぎないこと。そして、自分自身の限界を知っていること。五行の「水」には、表面的な活動の奥にある、目には見えない土台に目を向けるというイメージを重ねることができます。

何かをもっと増やす前に、今ある力を使いすぎていないだろうか。前に進むことばかりを考えるのではなく、ときには立ち止まることも必要ではないだろうか。

そんな問いを持つことも、「水」という性質を考える面白さのひとつです。

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東洋医学は「同じ答え」を求めない

東洋医学には、一人ひとりの状態を見ながら考えるという特徴があります。同じように見える状態でも、その背景が同じとは限りません。だからこそ、「これさえすれば誰でも同じようになる」という答えを求めるのではなく、その人自身を見ていきます。

五行もまた、「あなたは○○タイプだから、こうすればいい」と単純に人を分類するためだけのものではありません。

木・火・土・金・水という異なる視点から、自分自身を眺めてみる。

そのとき、「水」は、自分が生まれ持っているものや、目には見えない生命の土台について考えるきっかけを与えてくれます。

腸だけを見ない、という東洋医学の視点

腸セラピーと聞くと、お腹や食事、排便だけをイメージするかもしれません。しかし、東洋医学では身体をひとつのつながりとして捉えます。

食べること。眠ること。呼吸すること。身体を動かすこと。そして、生まれ持った体質や、その人が日々をどのように過ごしているか。ひとつだけを切り離して、その人の身体を理解することはできません。

「水/腎」の考え方も、そんな東洋医学の身体観を表すひとつです。腸だけを見るのではなく、その人自身を見る。何かを改善することだけを目的にするのではなく、今の自分の身体を知る。腸を入口に、身体全体へ目を向けていく。

それが、腸セラピーサロン凜花が大切にしている視点のひとつです。

まとめ|「水」は、自分の根っこを見つめるヒント

五行における「水」は、生命の源や、深く蓄える力と関わる性質です。

身体では「腎」と「膀胱」が対応し、東洋医学では腎は、生まれながらに受け継ぐ「先天の精」を蓄える場所と考えられています。先天の精とは、単なる「体力」ではありません。成長や発育など、生命の根源に関わる、生まれ持った土台のようなものです。

そして、生まれたあとに日々養っていく「後天の精」と合わせて考えることで、私たちは自分自身をより多面的に見ることができます。

人と比べて、もっと頑張れるようになることだけを目指すのではなく、自分にはどんな特徴があるのだろう。今ある力を使いすぎてはいないだろうか。自分自身の土台を大切にできているだろうか。

そんなふうに、自分の根っこに目を向けてみませんか。

※この記事で紹介している「腎」「膀胱」「精」などは、東洋医学における概念であり、現代医学における臓器の機能や病気の診断とは異なります。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

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